Resonance

快復への道のり

それでも書く

思考の外部化は、僕にとっては有用、ということを実感しながら、書いていない、書けていなかったのだから、本当には習慣化していなかったのだろうと思う。

基本的に、自分に対してはとても甘い。

 

2月には3度目の休職から復職を果たしたけれど、うまく自分を回すことができなくて、3月の終わりには、ありったけの休暇を使い果たすことに決めて、4月末の退職時には、僕は京都に滞在していた。

5月には台湾へ行き、妻とはそれなりに楽しく過ごすことは出来たが、帰国して、それぞれの家路に就いた。別居は始まっていたのだった。

 

木こりになりたいと、昨年の夏に思い立ち、今年の3月、4月と電車で行ける山奥に、チェーンソー実習を受けに行ったが、5月以降の林道敷設や、林業経営、製材加工、搬出といった回には、どうしても吐き気が止まらない、という理由で、キャンセルしてしまった。

 

そこからはひたすらネットと共に引きこもる日々だ。昼夜は逆転し、陽の光のあるうちは、玄関の外へ出たくもない。1日のほとんどをベッドの上で過ごし、ベッドの上のほとんどを寝て過ごした。

 

家財や衣服を置いたまま居を移した妻は、時折鍵を開けてやってきて、車に無理なく載せられるだけの荷物を少しずつ運び出していった。

後には散らかった不要のものたちが残っている。

 

離婚届の様式はとてもぺらっぺらで、長らく字を書いていなかったこともあって、ひどく汚ない字になった。

 

今日、無断で通院を途絶えさせてひと月になるクリニックに電話をかけると、主治医に取り次がれ、死んだのかと思った、と言われた。はははは、としか出てこなかった。いや、ははははじゃなくて、と言われた。そうだな。明日の午後に診察予約を入れた。

 

復職までサポートしてくれていたところに、戻ろうかどうしようか、思案している。

昨日は、早く求人に応募しなきゃ、という気持ちと、採用されたらきっとしんどい、という気持ちで幾つかの案件をさまよっていたというのに。地域おこし協力隊に乗っかって、滋賀か、熊本か、奈良か、などとも考えていたのに。

いっそ精神保健福祉士資格でも取るか、と思っていたのも昨日。

 

匝瑳の古民家へ泊まりにいこうとしていたのも、ここ数日の考え。さて、どうしよう。

 

Airbnbで、京都と高松の宿は押さえてある。

旧知の人は会ってくれるだろうか。

 

また、自分のしたいことだけしようとしている。

 

少し歩くだけでふらつくくらい体力はないのだが。

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