Resonance

快復への道のり

ゆらぐ

制震と免震の話をしてもいいけれど、よく知らないのでね。地震はこわいね。

 

さて。

 

お題だけだしておいて、何を書こうかは定めていないのだけれど、とりあえず自分のことを書く。いつものように。

 

適切なゆらぎ、というものが、人間には必要なのだと思う。社会情勢の中で、人間関係の中で。

ただ、それは、ゆらぎ、であるがこそ、自分で揺らすようなたぐいのものでもないのかもしれない。では、さっき必要なのだと言ったゆらぎって具体的に何がどうなることなの、と考えると、当意即妙な動き、というなんとも説明のしようのないものになるのだが。

ふるまう、のではなく、ふるまいとして立ち現れるような。

実に曖昧だな。

 

大洋に浮かぶ一片の浮遊物だとして、どんな流れに乗って、どこへ運ばれてゆくかは、カオス理論のような世界だろう。ちょっとしたゆらぎが、その後の行方を大きく隔てることにもなったりだとか。

何を何に喩えているんだろう。

 

ツバメウオの幼魚は、暗闇の下にいることを好むので、流木などの下に数匹ずっとくっついている様子が観察されるらしい。

だだっ広い海にあって、小さな個体が、ぽつんと漂う流木にどうやってたどり着くのだろう。

成魚になると、岩礁の薄暗い隙間に群れていたりもするのだが。どこからどうやってそこへたどり着いたのだろう。

 

どちらかといえば、海面のゆらぎを反映してきらきら降り注ぐ陽光が好きだ。

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