Resonance

快復への道のり

言語が認識を規定する

虐殺器官」がアニメ映画化されたので、仕事終わりに観てきた。

 

原作となる伊藤計劃SF小説は、2007年6月1日刊行。手にした時期は明確には覚えていないけれど、どこの書店で、どんな形で手にとったかは覚えている。

 

虐殺を引き起こす独特の文法があり、それは人類が飢餓を生き延びるために進化的に獲得してきた脳の機能と結びついていて、殺戮に対する心理を曲げる、という設定。

 

原作にも、この言い回し、このシーン、あったな、という記憶を呼び起こされながらの鑑賞になった。

 

R-15指定を受ける程度には残虐で忠実な殺戮の描写が続く。

米国の戦闘員たちは、痛覚や殺害に対する罪悪感を認識する脳の機能をマスキングされた状態で、少年兵たちをひとりまたひとりと銃殺していく。

 

言語とは、というテーマを根底に据えつつ、世界の安全保障だったり、プライバシー管理の在り方だったり、先進国とそうでない国のありようだったりを織り込んでいるので、うまくまとめられないのだけれど。

 

「不条理なもんは、みんなカフカだ」って、たぶんそうなんだろうな。

 

米国で実写映画化されるそうなのだけれど、徹底的に先進国側の論理で(そのありように疑問を呈する形であるにせよ)描かれたこの作品が公開されたら、どんな論争になるのだろうな。