Resonance

快復への道のり

楽しさの追求

そのまんま。

 

学部の頃、スキューバダイビングサークルに入った。

高校の時にすでにオープンウォーターのライセンスを持っていた僕は、ライセンス取得合宿に参加するわけでもなく、だらだらと参加していた。

 

学部1年は、2002年で、前年の米国同時多発テロを考慮して、夏合宿は八丈島になった。前年はモルディブだったのだが、海外は危険だから、という、よく分からない理由で、八丈島になった。行かないという選択肢もあったはずだが、行くことになった。

 

夏によくサークルで潜りに行っていたのは、伊豆半島の根元の駿河湾側、大瀬崎。

ここは南関東一円のダイバーたちが日帰りで潜りに来る、よく知られたスポットなのだが、湾内は富士山の溶岩に由来する砂地が続く海底地形のため、多くのダイバーが潜ると、黒々とした細かな砂が巻き上がり、透明度は一気に落ちる。見られる魚は、魚屋の生簀にいそうな地味なものたちだ。砂浜から歩いてエントリー出来、ほとんど潮の流れのない、初心者向けのポイント。

 

湾外のポイントは、海底地形は一変して、魚種も死滅回遊魚と呼ばれる、熱帯からうっかり流れ着いてしまったカラフルな魚たちに出会うことができる。

ただし、エアタンクを延々とダイブショップから一山超えて人力で運ばねばならず、エントリーポイントは岩だらけの磯で、潮の満ち引きによって時に物凄い潮の流れとなる。

 

ある日、午後は湾外のポイントへ潜りに行こう、と獣医学科の博士課程の、当時のサークルリーダーが言い、タンクを荷車に十数本積み込み、皆は坂道を延々と登り始めた。

あっついし、くたびれたし、なんかみんな必死だねぇ、と後から眺めていると、リーダーに、お前もちゃんと運べよ、と叱られた。

いやいや、運びたい人が運べばよくないですかね。僕は別に、運びたくはないので。

とはさすがに言わなかったけど、左手は添えるだけ、程度にしておいた。

 

さて、いざ、タンクを背負って足場の悪い磯を越えて湾外に潜ってみると、潮の流れは尋常ではなく、なんとか着底したものの、海底に着いた手の下で、砂がどんどん流されてゆくような有様。

 

リーダーは、ハンドシグナルで、浮上する、と伝えていた。

たかだか、5m浮上する間に、水平距離では50mくらい流され、岸に泳ぎ着くまでにさらに100m近く流された。

あーあ、アホみたいだな〜と、タンクを下にして、陽光を浴びながら、最後尾を仰向けに岸まで泳いでいたら、マジメにやれとまた叱られた。

いやいや、潮の流れが速いの分かった上でエントリーを選んだのは、リーダーですよね?とはさすがに言わずに。

 

ともあれ、楽しむ為には苦労も厭わないとはいえ、共に楽しむ相手は選ぶ必要があるよね、と。

広告を非表示にする