Resonance

快復への道のり

失敗の研究

同名の著書が、あるらしい。

 

「日本の弱点は、リスクを取れないこと」

たしかに。

学歴次第で選択可能な就職先が狭められもするし、歳をとれば機械的に雇用対象から外される。

株式会社は不採算部門の整理を求められ、研究開発部門は採算性の見込める研究に取り組むことが求められる。

政策が失敗すれば内閣不信任案につながり、大臣クラスが失言すれば糾弾され、銀行融資は確実な担保をもった企業にのみ行われる。

 

日本の、とは言っているけれど、日本人の、ではない。日本社会の、だ。

個人的なリスクを取ることは、当人次第だ。

 

無敵の人、という言葉があった。

社会的に排除されて、失うものなんて何もないと思った人間が、暴走したことを指して。それは例えば、秋葉原歩行者天国にトラックで突っ込んだ殺傷事件の犯人であるとか。

 

失うものが特にない、と感じられるのなら、あるいは、失敗を容認できる、肯定できるのであれば、リスクを取ることは容易いのではないか。失敗した、と他人から評価されることを気にもとめなければ、ね。

 

失敗を重ねていいんじゃないか。

そもそも成功と考えるものが、本当に成功なのか、成功なんてそもそもあるのか。

 

成功と失敗の二元論は、勝ち組負け組の軸線上に身を置くこと、かもしれない。

 

もちろん、こんなことを述べている時点でまだ、失敗とは何か、成功とは何か、という考え方からは離れられていないわけだけれど。

広告を非表示にする