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Resonance

快復への道のり

星新一という人

最初に意識的に文庫本、小説を手に取ったのは、小学校の低学年の頃、星新一の短編集のどれかだったはずだ。

 

小学校の国語の教科書には「おみやげ」という短編が載っていたはずだ。

 

新潮社が刊行した文庫本の短編集はほとんど読んだはずだ。面白いのも、面白くないものもあった。

エッセイ集も大層面白かった。

中学生当時、身につく読書術とはこうだ、という記事だか何かに唆されて、そのエッセイの文庫本にマーカーペンを入れてしまったことを覚えている。結果的にあの読書術は嘘だ、と言える。マーカーしたことは覚えているけれど、何にマーカーしたかはまるで覚えていないのだから。

 

米国の一コマ漫画のコレクションを文庫化して出したのも、今思えば結構斬新な試みだ。

あれは大変面白かった。

 

1000作を書き終えて、予告通り断筆宣言し、明治期の新聞を時系列にまとめ直した本や、アシモフの雑学コレクション、みたいなのを出していたのも読んでいる。

 

大学に進んで、ほとんど全てを実家に置いてきたのだが、親に僕の部屋のものはことごとく好きなように移動されてしまったおかげで、それらの本が今どこにあるかはよく分からない。段ボールに詰められているのだろうが。

あの本棚の並びにもちゃんと意味が込められていたんだけどなぁ。

 

星新一の死後、最相葉月が故人の親類や知人を取材して刊行した伝記は、作家になる前の彼や、家庭人としての彼の姿を伝えている。

あの本もまた、今は実家に送ってしまったのではなかったかな。

 

今年、生誕90周年ということで、「気まぐれ星からの伝言」というタイトルで、作家活動を振り返るように、各所に書かれた彼の言葉や、現代作家の寄せた作品解説をまとめたものが出版された。

 

タイトルや巻頭言の一行目にすら誤字があるという貴重な第一刷を読み始めたのだけど、すぐに回想が始まってしまって、ここに書いている。

 

知識よりも想像力こそが人間の大切な能力だ、という言葉が引用されている。

へんな考え、が人類を飛躍させてきたと書かれている。

 

へんな考え、大好きだから、僕はそっちを使おう、と思った。常識ある人たちは、常識的に暮らしてくれたらそれでよい。

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