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Resonance

快復への道のり

収集癖

性癖、習性の類いなのだろうなぁ。

 

現在進行形なのは、美術展や神社の由緒書きなどのパンフレット、リーフレットやら、記念すべきレシート、半券、使い終えた18きっぷなど、紙の類いを溜め込んでいる。

きっちり時系列でファイルしたりすれば、それはそれでコレクションと呼べるものになるのかもしれないけれど、適当な紙袋に、とりあえずは入手した順で重ねて詰めていっている。

これもまた、現在の部屋に越してきてからのものしか手元に置いていないので、それまでに集めた手元の何倍もの紙類は、段ボールの奥底に眠っているのだろう。

 

一人暮らしのころにも、元はチョコレートが詰まっていた紙箱をベッドサイドに置いて、記念すべきレシート、半券やら、ブナ林の落ち葉のように堆積させていたものだった。

それらは、ほぼ確実に妻を傷付けて混乱させる類いの思い出にまつわるものばかりだったから、開けることなくそのまま実家に送ったはずだ。

 

思えば、実家を出る前には、古紙、というほどでもない古新聞を発掘してアイロン掛けしたりもしてたな。陽の目を見ることのない食器達が押し込められた箱を開けては、包装に使われたくしゃくしゃになった昭和の、黄色く変色しかかった古新聞を取り出して、一枚一枚アイロン掛けして、ファイリングしていた。

 

あとは、中学の頃に、NASA初の火星着陸探査機が飛び立つというので、新聞記事を切り抜いて、ノートに貼り付けてもいた。デルタロケット、探査機マーズパスファインダー、探査車ソージャナー、懐かしい。

今では画像データの補正の問題だと懐疑的に見られているけれど、当時の新聞記事は、火星表面から見る夕焼けは赤茶けた空が青色に染まると伝えていた。

【ヒューストン発共同通信】、【パサデナ発ロイター通信】、その書き出しに心躍っていた日々。

そんな頃はスペースシャトルが現役だったし、国際宇宙ステーションは建造が始まったばかりで、土星探査機カッシーニや、そのプローブとして土星表面に投下されるホイヘンスなどなど、宇宙探査、宇宙開発が花盛りだったように思う。

思い返せば、県立高校入試の面接で、将来どんな職業を考えていますか、という問いに、ロケット開発者、と臆面もなく返していたように思う。高校数学の捉えどころのなさに、諦めることにしたわけだけど、それでも名古屋大学オープンキャンパスで地球惑星科学の研究室を訪ねるところまでは行った記憶があるな。

 

切手そのものの収集から転じて、戦地から本土の家族に宛てられた書簡を集めるようなこともし始めたけど、あれは高尚すぎて収集するにはお金も足りなかったな。何月何日付のこの戦地からの郵便物は、転戦直前だから大変貴重なのでおいくら、という世界があるのだ。消印ひとつに歴史が刻印されているような世界が。

 

瓶ビールの栓をお歳暮の箱に詰めてたのも記憶にないほど幼い頃からだし、どんぐり、貝殻、石ころ、ビーチグラス拾い集めてたし、コカコーラとペプシコーラの空き缶のバリエーション集めてたし、溜め込むのが好きなのだろう。カラスのねぐらみたいな。

最初から膨大なコレクションを織り成してる図鑑類も好きだったな。これは、おそらく今でも。

 

モノを集めるのがおさまって、紙媒体に落ち着いたのは、そこに凝縮されている時間と情報が心地よいから、かもしれない。

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