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Resonance

快復への道のり

中途覚醒

何日かぶりの中途覚醒

うまく寝付く方法にたどり着いたはずだったんだが。

 

腸内の細菌叢が、その人の性格に影響を及ぼしている、という割と最近の記事を流し読んだことがある。夫婦が似た者同士になってくる、というのは、そういう影響はあるのだろうか。

 

Yahoo!掲示板で、もう15年くらい前の時点で何千ものコメントが付いていたトピックに、細菌共有論、というものがあった。

曰く、食事を共にすることで、互いの常在菌を交換し合い、相互に影響を与えているのだ、杯を交わすのは、細菌共有の場なのだ、などなど、人同士の関わりを細菌の交換という観点から眺めるトピック。

 

近年は、DNAシーケンスの低廉化で、細菌叢を丸ごと解析してしまうメタゲノム解析が普遍的なアプローチになったこともあり、人間を取り巻く細菌叢、マイクロバイオームを明らかにする取り組みも盛んに行われているらしい。

そこにだって細菌共有の概念は当てはめられるだろう。

そしておそらく、個人間だけではなく、地域性や国民性的な細菌叢の違いも見出せるのではないだろうか。

環境常在菌も生活環境によって異なれば、おのずから、人体を取り巻くマイクロバイオームにも、土地柄が出るのではないだろうか。

文化人類学的に検証するのは多大な困難があるだろうけれど、様々な疫病が、民族や国家の命運すら変えてしまったように、密やかに歴史的な影響を及ぼした細菌や真菌やウイルスがいたと仮定してみるのは、十分妥当なのでは?

食文化なんて、最たるものの一つだろうが。

 

国や大陸などというレベルでなくとも、匂いの違う場所には、そこ独特の微生物環境、あるいは化学的環境があると考えてみる。

たとえば、森であったり、水辺であったり。

 

そう考えると、均質化されてゆく都市環境からはこぼれ落ちてしまったマイクロバイオームが、そのあたりには残されているのかもしれない。

都市化とアレルギー体質の増加傾向は、相関しているだろう。そこに、マイクロバイオームの考えを当てはめてみると、どうなんだろう。

 

 

これらはすべて、僕の中途覚醒の間に紡がれた、妄想たち。

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