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Resonance

快復への道のり

無教養と審美眼

ふたつの関係性について。

 

僕は日本史、世界史、美術史、建築史、文学史、宗教史に疎い。誰が何派で誰に師事しており、誰が影響を受けて、誰がパトロンで、誰と誰がどこで戦ってどうなったか、などなど、系譜や歴史や人物関係にとことん弱い、あるいは、興味がない。

 

印象派キュビズムモダニズムバウハウス白樺派松下村塾狩野派京都五山、なんもわからん。いつごろで誰が始めて、どう位置付けられているのか、さっぱり。

 

今日はとある特別展を観にやってきたのだけれど、日本史や東洋史と密接に関わっていて、なんだか勉強させられているような気がしてきたので、キャプションは読まないことにした。

 

無教養でいると、好きか嫌いかの感性だけで触れることになるので、来歴がどうであろうが、誰の作であろうが、関係なく楽しめる気がしている。

 

好きなアーティストを並べてみたこともあったのだけれど、好きな作品の作者である、というだけで、別の作品が好きかどうかまでは担保しないし、そのアーティスト自身が好きかどうかと問われると、よく知らない、と答えるほかはない。

 

知りながらにして知らないことが一番良いのだろうけどね。

 

無教養もまた、振りかざすようなものではない。

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