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Resonance

快復への道のり

何が創りたいか

何かを創りたいな、というぼんやりとした気持ちは時々湧いてくる。

 

とある作家は、ふと思いついて小説として創作活動を始めたのだという。ふむ。

 

ごくたまに、小説書かないの?という疑問を投げられることもあるのだけれど、答えは常にノーだった。書きたいものは特にないし、結局、書くために書く、というのは創作ではなくて作業のような気がしている。今なお、その思いは消えないし、また別の機会に語ろうと思うのだけれど、ことの優劣がついてしまうようなものは、あまり好きではない。

誰も読まない、誰も評価しない小説を書いたとしても、それが誰かの模倣でしかないことや、明らかにこれまで触れてきた文章のクオリティに達しないだろうことは、十分に予見できる。

つまり、純粋に楽しめないから、小説は書かない。

 

ここまで書いている途中で思い出したのだけれど、小説を書いたことはあった。中篇程度の長さの、海洋生物研究者が、波打ち際で不意に息を引き取る話なのだけれど、書き始めた当初から、ストーリーはアンソニー・ドーアの短編集の中から拝借していた。

書き終えて、虚しくなったものだった。

 

 

さて、Google+にふと呟いたことでもあるのだけれど、趣味としての研究、ってどうなんだろう。

休日だけ使えるバイオラボ、あったらいいな。そうしたら僕は喜んで修士論文の続きに取り掛かるだろうし、結果が出なかったとして、それはまたそれなのだ。成功しない方法を見つけた、というネガティヴデータがどんどん積み上がっていくだけだ。

単なる民間人が大学院の研究室に出入りして、国費なり、民間の競争的研究資金を使って研究することなど、コンプライアンス的に無理なのは分かっているのだけど。

 

 

やはり夢を紡ぐ、というのが自分の中で完結していて、自由自在で、巧拙を問われることもなく、気ままなのだろう、という結論に達してしまう。むむむ。

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