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Resonance

快復への道のり

口調。

かつて、「それ、村上春樹風に喋ってるの?」と言われたことがある。

 

時系列の記憶があまりあてにできないのだけど、大学1年か2年で、長編を何冊か読み、まだまだ読むべき作品はある、といった頃だったのだと思う。

 

当時は、なんだか、ちょっと傷ついた。

そのように振舞っている意識はなかったし、まるで憧れの存在との同一化をはかっている浅はかな奴、と思われたような気がして。

wanna be、というスラングは、憧れに自己同一化を図る浅はかな奴、という米国的な表現だとは知っていた。

そして、冒頭の言葉を僕に言った彼女は、高校の途中からカナダの学園都市にある全寮制の学校で過ごして、現地に恋人を持ち、ゆくゆくは結婚しようと考えている、と語っていたので、きっとこのスラングだって知ってるんじゃないか、と思ったものだった。

 

文体であれ、口調であれ、大きく影響は受けていると思う。真似しようとしている意識はなくとも、学び取っていたのだろう、と。

きっと、この文章だってそうなんだろうし。

 

 

村上春樹は、確かによく読んだな。

海辺のカフカが刊行された時に、彼の著書を初めて手に取ったはずなので、出会いとしてはそれほど早くない。大学1年の頃。

そのあとにノルウェイの森を読んだんじゃなかったっけ。

これまでに書籍として刊行されている彼の長編小説は全て読んではいるはずだ。

短編や紀行文などはつまみ食いのように読んで、それっきり。何を読んで、何を読んでいないのかは、よくわからない。

 

一時期であれ、心を掴んでいたのは、ノルウェイの森であり、国境の南、太陽の西であり、羊をめぐる冒険であり、世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド、だった。

読書感想文はここでは述べない。

作者個人に対する思いも、特に表明したいようなものでもない。

 

 

うん、僕自身がこのタイトルで、ここに何を書きたかったかは、よくわからなくなった。

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