Resonance

快復への道のり

発散系の楽しさ

書くことの効用、でもいいんだけど、一般論未満の単なる感想だしね。

 

書くことはやはり楽しいと思った。

絶え間なくtweetしてはいるけれど、特に制限なく書く、テーマも、場所も、頻度も、分量も、起承転結さえ問わず書く、というのは、楽しい。そして、コメントは受けないし、アクセスは覗かない。

 

 

で、今は書くことで発散系の楽しさを感じているけれど、趣味を持てたらな、とは思う。

 

チェロに対する憧れは、特にこれといった理由はないけど、ある。なんか、いい。

なかなかハードル高そうだし、どこで弾くのか、習うのか?楽譜読めないけど?というのもある。音階が出せるのかすら謎である。

 

昨日は、9月末のまとめ、ということで、各自の取り組みをフィードバックしあうワークだったのだけど、ひとりカラオケとかね。

驚くほどの音痴なので、妻とすらカラオケに行ったことがないし、いく気があまりない。

人に聞かせないなら、歌えるんじゃないかな。でもこれ、趣味、とかではないけど。

 

打楽器叩く、という人もいた。というか、プログラムとして選べばできるらしい。民族楽器的な、手で打ち鳴らすやつ。うん、よく井の頭公園とかで見掛けてた光景だ。なるほど。

 

踊る、のも嫌いじゃない。クラブ通ってたことあったし。でも、生活リズムは乱したくないし、クラブじゃないダンスとなると、それなりに型があるよね。

 

油絵。高貴だよね。なに描いていいか分からないし、理想と現実突きつけられて嫌になる予感があるけど。しかも、自宅で描いたら妻には見られるし。習いにいったら、直されるだろうし。

 

ペンタブで描く。楽しそうではあるけど、あんまり発散しなさそう。ディスプレイに向かうことになるし。

 

歩く。好きだ。でも、天候に左右される。

 

話す。とてもいい。相手を選ぶし、都合をつけなくてはならないけれど。ま、これは、生活必需レベルで、誰か忌憚なく話せるひとを見つけておくべきなのは分かってはいる。基本的に楽しいし。やや今の僕にはトレーニングの色彩を帯びてしまうけどね。

 

 

まだまだありそうだけど、とにかく、徒然に書くのはよい。

 

 

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