Resonance

快復への道のり

レベル感

人としての能力って、どのように測るべきなんだろうか、という、ちょっと自分の中に持ってる疑問とは敢えて違う角度からの論考。

これは、今から書きつつ考えていくので、どんな結論に落ち着くのか、どう展開するかは見えていない。

 

学生時代、少なくとも高校あたりまでは、学年、年齢が各自のレベルであった。その次に同学年での学力差みたいなものがあった。あとは、友だちの多さ。僕はそう感じていた。

 

大学、レベル感は途端によくわからなくなった。

友人の多さ、外見、人気、可処分所得、経験の豊かさ、人脈、趣味の深さ、学力、恋人のステータス、酒の強さ……それらの絡み合った、人格、と言うべきなのかも知れない、レベル感。

 

社会人、却って明確になった。

就職先、年収、業務をこなす能力、そして人脈と上司からの評価。

そこでは私生活はさて置き、なにより会社にとっての有用性と、職業や企業の漠然としたランクが評価指標になった。

 

 

はて、人としてのレベル、とはなんなんだっけ。

 

「就活中なんですが、内定決まらなくて死にそうです」

「大企業勤務ですが、毎日死にそうなので大丈夫です。頑張ってください」

そんなやり取りが交わされる、Yahoo!知恵袋

 

 

僕が一貫してあまり重視してこなかったものとして、人付き合い、が挙げられる。

人脈を築こうだなんて意識は全然持たなかったし、かつて同窓だった知人たちとも、物理的に会わなくなったら自然に関係が切れるような。切るまでもなく、繋がっていないんじゃないか、と言う程度の、同じクラス、同じ部活を過ごしたはずの知人たち。

 

大学に入っても、新たな友人関係を築こうという意欲は、あったのかもしれないけれども、すぐに消失した。

なんで、こんな名ばかり東京の、確かに都内にキャンパスを置いてはいるけれど、ほとんど誰からも知られていないような、辺鄙な大学に来たんだろう。そして、なんて軽い同期たちなんだろう、と早々に呆れて、友人を作ろうとしなかった。

レベル、という面で見れば、この時、相対的にはかなり大幅に、低下したのだと思う。

ロクに講義に顔を出さず、友人と呼べる存在を持たず、所属しているはずのサークルの集まりでもほとんど無言で、同じ学科の中に、名前を知っている人間すらほとんどいないほどの、社会的つながりを欠いた、農学部生。

そもそも、親元から逃げ出すような気持ちで上京してきたのだから、実家に連絡を入れることもなかったし、かかってきた電話も素っ気なく対応していた。

かくして、上京を果たした途端に少しどころかかなり冷たくなった恋人とのつながりをのぞいては、何にもなくなった。

 

いきなり始まったモラトリアム。

情緒は途端に安定しなくなった。

 

自分語りが酷いので、一旦ここでやめておこう。

今振り返れば、確かにそんな道を歩いてきたのだ。悲観とか否定的な意味合いはなく、ただ事実として。

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