Resonance

快復への道のり

変わろうとすること

いつか、は、いつなのか。に近いテーマ。

これも、ずっとずっと思っていること。

 

上京すれば、研究室に配属されれば、就職すれば、結婚すれば、自分は大きく変わるんじゃないか、と思ってきた節がある。

そんなことはなかった。自分は相変わらず自分で、大きく価値観が変わるわけでもなく、ぐっと成長するわけでもなく、却って平凡さを身に纏っていったように思う。

 

平凡であること、は、僕にとってはある種の憧れでもあった。非凡であることに憧れるのと同じくらいに、平凡さ、凡庸さ、普遍性を身につけること、に憧れ続けていた。

 

結果として。

平凡さは纏えたのかもしれない。非凡であること、は、装えるものでも、身につくものでもないだろう。

 

 

そして今。

平凡であること、からすら逸脱しかけている。社会性の喪失、と書いてしまうと大仰だけれど、日本の就業文化、みたいなものの危うい片鱗に引っかかっている程度で、どうにか生きている。辛うじて会社員、という身分を名乗れている。

 

 

変調をきたして、6月半ばから長いお休みをいただいている身分なのだけれど、自分の置かれた状況に甘え過ぎてはいないだろうか。

最長9ヶ月、という休職期間のうちにはどうせ復職するのだろうし、今しかやれないこと、好きなようにやればいいんじゃない、体調悪ければ寝てればいいし、という、療養を放棄したかのような、甘え。

 

いつか、は、今、と思い定めるのは、とりもなおさず自分なのだ。

 

好きなことをやって過ごす為の期間ではない。