Resonance

快復への道のり

創発

タイトルだけが先行しそうだな。

 

創発、互いに刺激を受けあって、互いに絡まり合って伸びてゆくようなイメージ。辞書的にはたぶん違うのだろうけど。

 

カウンセリングでは、大学進学にあたって上京し、一人暮らしを始め、人間関係が貧しくなり、孤独だった、だいたいそんな話を繰り返しているような気がする。

 

もし、学部で楽しく一学生として振るまえていたなら、きっと随分と違ったものになっただろう。

 

 

Twitter界隈を長らく観測していても、互いの秀でたスキルに惹かれあって、コラボレーションしたり、互いに事業立ち上げてたり、という事例がたくさん。

そこには僕はいないのだ。ただの傍観者。

取り立ててスキルはないし、農学部卒の、一般企業勤務の会社員。

 

 

これまでで一番しっくりきた場は、学部4年から修士修了まで過ごした研究室だったように思う。

互いが、少しずつ重なる異なった研究テーマを抱えて、試行錯誤、トライアンドエラー、エラーアンドエラー。一日何時間も雑多な実験機器に囲まれ、疲れてきたら適当な音楽を大音量で流して、あーなんにもすすまねぇよと嘆きながらも、みんなそれなりにたのしそうだった。

いつかは去っていく、特異な場所。

 

それでも最終的にアカデミックな道を志さなかったのは、だいたい、経済的な自立がしたかったのと、研究者としてのスキル不足を痛感したから。

同じ研究テーマでどんどん成果を発表していたのは、東大新領域だったり、イリノイ州立大、ハーヴァード大、マックスプランク研究所、とにかく名だたる教授のもとに集った選りすぐりの人達だったのだから、これといった実績をかつてあげたこともない我が愛すべきラボは、到底届くものではなかったし、博士課程や特任助教といったスタッフすらロクにいなかったのだから、誰も指導なんてしてくれなかったのだ。

 

だからこそ自分で何もかも悩んで手探りでできたし、楽しかった。あの場もまた、ひとつの創発の場だったのだな、と、今なら思う。

 

これから僕がどんな道を進むのかはわからないけれど、短くもあんな楽しい環境で過ごせたことは、ちょっとだけ誇らしく思うよ。

 

で、何が書きたかったんだっけね。

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