Resonance

快復への道のり

OKAZAKI LOOPS 京都探訪9/2分

18きっぷで始発から京都を目指したのが9/2のこと。乗り継ぎを全てこなして9時間57分かけて、15:13京都着。

 

京都に戻ってきてる友だちが時間を取ってくれたので、烏丸御池駅で悩み抜いて、いつも行っているというカフェへ。バナナの葉が溢れんばかりに茂る店構えの、豊かで穏やかな空間で、おしゃべり。

 

まるでセラピストみたいだ、と思う。

どう考えるか、どう感じるか、について深く考えさせてくれるから。

言語化できないとすぐに諦めてしまう僕は、伝えようというコミュニケーションの意欲にも少し欠けているのかもしれない。

そんな引っこみがちな考えを解してくれるような、そんな会話。

 

彼女自身もまた、現代の日本という社会の中での身の振り方に悩んでいるのかもな、と。

ここで聞き役に回らないのもまた、今の丹羽らしいといえば実にそうで。

 

東京の忙しなさに疲れたんだよね、と、道中めくってきたイケハヤさんの「まだ東京で消耗してるの?」を見せてみたりだとか。仙台に越そうと思ってることだとか。色々と聞いてもらったけれど、一番最初に聞かれた「今日は仕事休み取って来たん?」という問いには、曖昧な肯定しかできないまま、打ち明けられないままで。

きっと、病んだ人、としていたわられることを怖れているのだと思う。しかし、それでもなお、たしかに病んではいるのだ。

 

おやつbotを発動してもらったのは楽しかったな。

 

東京が忙しいと感じてしまうのと、Twitterを一生懸命追ってるのってなんだか矛盾しているような気がするんだけど、と言われて、確かにな、と思った。

吸収することばかりに特化して疲弊しているという側面は確かにあるのだ。欲しい情報、知りたいその人なりの考え、というものはあるにせよ。

 

昔みたいに散文を書こうよ、って言われたけれど、なぜ書くのを辞めたかあとになって思い出した。

妻と結婚することになり過去や剥き出しのホンネを詮索されたくないということと、業務の過多が重なり、ひとに読ませる文章を書く意味を見失ってしまったことと。

 

混乱するような忙しさ、繰り返しだけの日々を残しておく意義は見つけられなかったし、振り返る余裕もなく、それが却ってさらなる混乱を招いていたのかもしれない。

 

そもそも当時、写真に文章をつける形式にしてしまっていたので、撮るべきものが見つけられなくなってしまったというのもある。

 

楽しくHTMLベースで書けていた時は、精神的にもそれなりに安定してはいたし、撮って他人に見て欲しいと思えるもの、もしくは、見せるために撮りたいと思えるものに出会えていたんだろう。

 

うん、これは今になってようやくまとめられること。

烏丸御池の帰りのホームまでお見送りしてもらって、またしばらくのバイバイ

なんだか、エスコートしているのが逆だな?

 

 

ANTEROOM KYOTOについては、もう長年の憧れが実現に至ったかたちで、名和晃平さんの部屋に。

部屋のキーを開けてから、なんとかソファーに座るまで、どれだけ興奮してたんだろうか。落ち着いた落ち着きのなさ。

そしてやはり、数あるシリーズの中でもPixCellが好きなんだな、と改めて思う。

 

まあるい檜風呂に浸かって、1日をぼーっと反芻。楽な服装に着替えて、併設のバーへ。

 

バーテンさんは素晴らしくウイスキーに明るい方で、メニューにはないグレンフィデックをたくさんのボトルの中から苦労して探し出してくれた。ひとりでテキパキと切り盛りしつつ、カウンターのおしゃべりにも参加する、あしらいの良さ。

 

ANTEROOMのレジデンスに住んでる常連さんや、神戸から泊まりに来たという来日35年目の陽気なインド人社長。2杯目を社長に奢ってもらって、一足お先におやすみなさい。 

 

長距離を移動した日、お酒を飲んだ日は寝付けなくなりがちなのに、なぜだか、ストンと眠りに落ちた。