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Resonance

快復への道のり

頑固

「君は頑固だからさ」

 

その言葉には、素直じゃない、面従腹背、人に言われたことはそのまま解せない、いろいろな含意はあるにせよ、自分の感覚にしがみついてる。

 

言われたことを言われたようにやるのなら、「自分」なんて要らない、と思うんだよね。

 

つまり、やはり頑固なのだと思う。

初志貫徹といえるほどの強度と持続性がないのが、途轍もなく「使えない」感を生んでると思う。

 

思うばかりだ。

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ICC/IAMAS

初台のInter Communication Center、大垣市IAMAS(正式名知らない)、加えるならば、山口のYCAM(正式名知らない)、あとは、文化庁メディア芸術祭だったり、直島だったり、昨年の京都のOKAZAKI LOOPSだったり、KENPOKU ART FESTIVALや、さいたまトリエンナーレ、さらにまだ見ぬ、種子島宇宙芸術祭や札幌国際芸術祭だったり…

 

話広げすぎた。

ICC文化庁メディア芸術祭と、NADiffのあったおかげで、東京きて数年でメディアアートにぐいっと引っ張られた気がする。

 

Tokyo Art Beatもそうだし、名和晃平さんとの出会いも、と考えると、東京都現代美術館や、原美術館、ギャラリーたちにも、平川紀道さんが起点だとするならば、当時文化庁メディア芸術祭やってた東京都写真美術館だったり、いろんなところで少しずつ。Media Ambition Tokyoもだし、森美術館も、Rhizomatiksもだし、WIREDもだし… 東京の持ってるメディアアートに対するアドバンテージ凄いよ。

 

現代の同時代性、というところだけでも、ついていくのはエキサイティング。

 

ラフォーレミュージアムもいこう。

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しめきり

締め切りのない仕事なんて、ないんだからさ、と言う。

 

そうだろうか。

 

理屈をこね回しても仕方のないことだけど、締め切りのある仕事に浸り切ってるだけなんじゃないのかなぁ。

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Garden

前世紀の歌、か。

 

名もない花に 雲は語る。

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牧羊

羊飼いが理想、というのを書いたと思う。

 

とりもなおさず、羊をめぐる冒険、のあの街から延々と未舗装道を上り詰めた先の山小屋のことを念頭に置いていたのだ。

 

互いに不干渉な、そんな隔絶された空間で時を過ごす、それはどんなものだろう。

 

尾根筋でテントを張っていたときや、与那覇前浜で寝転んで朝まで温かい砂にまみれていたとき、秋田のど田舎であてになる地図もないまま道行く人のいない田んぼ道を歩いていたとき、台北で目的地を持たずに歩いていたとき、そうでなくても、都内の適当な駅で降りてなんとなく歩き回っていたとき、テムズ川沿いを歩いていたとき、高松で、直島で、仙台で、大阪で、黒島で、那覇で、京都で。

ひとりでいかようにも歩ける、ということの自由さ、忘れかけてはいないだろうか。

 

歩く、考える、出会う、のバランスが僕には心地よいのかもしれない。

目的を持たないこと。

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何者

なんかそんな映画あったね。

 

私は何者なのだろうか。

名乗ろうと思えばなんだって。思想家であり、叙述家である。

 

ときに、ただ楽しいものだけを燃やして走らねばならぬ時も、ある。

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