Resonance

快復への道のり

二層性

あるいは二相性。

 

現実、というものはなんなんだろう。

というのも、現実感があまりにもないように思えるからだ。自分の意に沿わないからそう思えるのか、愛着が湧かないからか、単に加齢とはそういうものなのか、あるいは病的なものなんだろうか。

アスファルトのひび割れも、乾ききった苔が張り付く硬い地面から伸びる異様に青々とした雑草も、嘘くさい。テクスチャを貼ったみたいに嘘くさい。

新たに開業したビルも、あっという間に震災で倒壊するか、不景気と人口減少のうちに朽ちていくかするようだ。退潮の色は、隙間に溜まった綿ぼこりを見るに明らかだ。なぜ掃除しないのだろう。

なるようになれ、僕の知ったことじゃない。

 

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また始まる

間違いの始まりな気がしてならないのだけれど、繰り返すことくらいしかできないのだよ。

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高松に行った話

5ヶ月ぶりに会った友人に、離職して離婚したことを告げた。

わりと狼狽されて心配されて、いろんな働き方について口にしてくれた。どうにも気を遣わせてしまったな。

美味しいコーヒーを出してくれた店主が背後で聞き耳を立てていやしないか、そわそわした。

新天地ではうまくやっているそうだ。おめでとう。

 

男木島では私設の図書館でマチネの終わりにを読み始め、肘掛け椅子にずっしり身を委ねていた。

集落の一番高いところにある豊玉姫宮に登り、瀬戸内の島々を眺め、不思議なくらい落ちた体力と、港へ降りる急な階段道でわらってしまう膝。

あの図書館の親密な静けさは、得難い。

 

話したあとはAirbnbの宿に戻ってぐったり眠った。朝5時に起きるつもりのアラームもやり過ごして、9時までぐだぐだと。

 

それから瀬戸大橋線を渡り、京都まで鈍行で行き、東京駅までのぞみで帰ってきた。

指定席は見知らぬ客に占拠されていたので車掌を呼び止めて席を振り替えてもらい、ひたすらに、マチネの終わりに、を読んでいた。

 

ただいま。

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それでも書く

思考の外部化は、僕にとっては有用、ということを実感しながら、書いていない、書けていなかったのだから、本当には習慣化していなかったのだろうと思う。

基本的に、自分に対してはとても甘い。

 

2月には3度目の休職から復職を果たしたけれど、うまく自分を回すことができなくて、3月の終わりには、ありったけの休暇を使い果たすことに決めて、4月末の退職時には、僕は京都に滞在していた。

5月には台湾へ行き、妻とはそれなりに楽しく過ごすことは出来たが、帰国して、それぞれの家路に就いた。別居は始まっていたのだった。

 

木こりになりたいと、昨年の夏に思い立ち、今年の3月、4月と電車で行ける山奥に、チェーンソー実習を受けに行ったが、5月以降の林道敷設や、林業経営、製材加工、搬出といった回には、どうしても吐き気が止まらない、という理由で、キャンセルしてしまった。

 

そこからはひたすらネットと共に引きこもる日々だ。昼夜は逆転し、陽の光のあるうちは、玄関の外へ出たくもない。1日のほとんどをベッドの上で過ごし、ベッドの上のほとんどを寝て過ごした。

 

家財や衣服を置いたまま居を移した妻は、時折鍵を開けてやってきて、車に無理なく載せられるだけの荷物を少しずつ運び出していった。

後には散らかった不要のものたちが残っている。

 

離婚届の様式はとてもぺらっぺらで、長らく字を書いていなかったこともあって、ひどく汚ない字になった。

 

今日、無断で通院を途絶えさせてひと月になるクリニックに電話をかけると、主治医に取り次がれ、死んだのかと思った、と言われた。はははは、としか出てこなかった。いや、ははははじゃなくて、と言われた。そうだな。明日の午後に診察予約を入れた。

 

復職までサポートしてくれていたところに、戻ろうかどうしようか、思案している。

昨日は、早く求人に応募しなきゃ、という気持ちと、採用されたらきっとしんどい、という気持ちで幾つかの案件をさまよっていたというのに。地域おこし協力隊に乗っかって、滋賀か、熊本か、奈良か、などとも考えていたのに。

いっそ精神保健福祉士資格でも取るか、と思っていたのも昨日。

 

匝瑳の古民家へ泊まりにいこうとしていたのも、ここ数日の考え。さて、どうしよう。

 

Airbnbで、京都と高松の宿は押さえてある。

旧知の人は会ってくれるだろうか。

 

また、自分のしたいことだけしようとしている。

 

少し歩くだけでふらつくくらい体力はないのだが。

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剥落

いよいよなにも書けなくなってきた。

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なにひとつ

好きなヒトやモノが多過ぎて、

 

とは、結局、なにひとつ真剣には好きじゃないんじゃないか、という諦めにも似た思い。

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なにかの

作り手になろうと願いながら、ただただ人の作ったものと自分の持てる時間を費やすばかり。

 

インとアウトのバランスが悪いのはずっとだが、ここのところは更に消費するばかりになっているな。

 

どこからだ。

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